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岳温泉は今の地に移る前、深堀温泉と言いました。
それ以前から深堀村という集落があり、そこに移すのが良いだろうと当時の方々の判断があったからです。
その深堀村には、1824年にまで遡るような温泉と村との関係がありました。
写真はその当時に建立された慰霊のための観音像は、数十人もの名もない湯女(-ゆな-今で言えば風俗嬢)たちが命を落とした歴史があり、
彼女たちの安らかな永眠を願って建立されたものです。
旧暦1824年8月15日(新暦-太陽暦-では10月7日)に惨劇は起こりました。
その頃の岳温泉はあだたら山頂近くの源泉付近にあり、当時は貴重だった殺菌力の高い酸性泉とたくさんの湯女たちの存在が相まって、とても栄えていたそうです。
今から183年前の秋、そんな岳温泉を大規模な山崩れが襲い、人々を生き埋めにしたのです。
記録によれば死者63人、怪我人46人、助かったのは87人と記されています。
しかし、その記録に湯女たちは含まれていません。湯女は人別帳(今の戸籍簿)にも載せられず、正式な被害者として扱われなかったのです。
女性が売られることが当たり前だった時代です、人として扱われなかった女性たちの哀しい現実が岳温泉の歴史に刻まれているんです。
生き埋めになり、正式に供養されず、死んでも誰も悲しまない…そんな不遇な湯女たちを哀れみ、その遺体を深堀村に運んで手厚く葬りました。
観音像とお地蔵さんたちが、その歴史を淡々と今でも伝えています。
深堀村は今の岳温泉街から歩いても10分程です。
観光ポイントにするような楽しい歴史ではないですが、岳温泉復興90周年の際に、この歴史を伝える看板を立てました。
散歩中にその場所を偶然にでも訪れたなら、手を合わせてあげてください。
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